先日、「週刊現代」を立ち読みしていたら「地銀だけじゃない、メガバンクも銀行員「大量失業時代」がやってくる」というセンセーショナルな記事が載っていました。フィンテックやAIといったテクノロジーの発達で従来は銀行員が担っていた業務の大部分が機械やソフトウエアに置き換えられてしまうという話です。なかなかリアルな話だと思いながら、一方で「まあ、週刊誌ネタなので話半分だな」とも思っていたのですが、今度はブルームバーグにもっと具体的な話が出てきました。
MUFG:過去最大の1万人削減検討、10年程度で-関係者(ブルームバーグ)
ついにここまで話が具体的になったのかと、少し驚いています。同時に「やっぱりそうだよな」という思いも。だって、現在の銀行はとくにリテール部門が金融機関としての付加価値を創造しているとは思えませんから。恐らく銀行とそこで働く人は「これからの銀行員の仕事って何だろう?」ということを真剣に考える時期にきているのでしょう。
ブルームバーグの記事によると、三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)はフィンテックなどの導入で事務合理化を進め、大幅な人員削減を進める計画だとか。また、MUFGだけでなく三井住友フィナンシャルグループも同様の計画を進めており、やはりフィンテックなどの導入で4000人規模の人員削減が可能だと考えていることが紹介されています。
いよいよ銀行員も大変な時代になったと思ったのですが、単にバックオフィス業務などが合理化されるだけなら、それほど問題はありません。なぜなら、それは人間が付加価値の低い業務から解放されることを意味するからです。それよりも問題は、フィンテックやAIによって事務仕事から解放された銀行員が、どんな仕事をするのかということです。ブルームバーグの記事ではこの点に関して次のように報じています。
(MUFGは)人員削減は中長期で実施する計画だが、加速させる可能性もある。削減のほか事務合理化で生じた余剰人員は営業職に振り向けていく予定だ。ここが問題だと思う。フィンテックなどによって合理化することで、これまで以上に営業に人的資源を投入できると考えているようですが、じつは銀行の最大の問題は、この営業活動の中でまったく付加価値を創造できていないことだからです。はっきり言って現在の銀行のリテール部門で行われている金融商品の営業などは素人以下です。あの程度の提案や営業なら、それこそ簡単にAIに置き換えられてしまうのでは。
(三井住友FGは)店舗のデジタル化や事業の効率化などで人員削減効果を約4000人とし、これらは営業部門エリアに再投入する方針。
そう考えると、いま銀行が考えなければならないのは、どうやって店頭などでの営業で付加価値を創造するかです。それこそ対面営業でしか実現できない付加価値とは何かということを真剣に考えないと、本当に「大量失業時代」がやってくると思う。
その点でヒントになる論考をHCアセットマネジメントの森本紀行さんが書いていました。
高齢者に対する正しい資産管理営業(fromHC)
ここでは高齢者に対する営業とは何かがテーマとなっていますが、本質としてはすべての世代に対する営業活動の在り方に通じる考え方が示されています。
例えば月々のキャッシュフローを補完したい年金生活者に対して毎月分配型投信を販売することは、ある意味で顧客のニーズに応えているように見えます。顧客が年金のに加えて毎月5万円を得ようとするとき、手元に1000万円の預金があれば年率6%の収益が期待できる毎月分配型の投資信託を販売することで毎月5万円の分配金を得ることができる。しかし森本さんは次のように指摘します。
6%の期待収益率は非現実的であり、幻想です。現実にあるものは、年率6%の分配を可能にする表面金利の高さです。いうまでもなく、表面金利の高さは期待収益の高さを意味しません。単なる表面金利の高さを追求すれば、高金利通貨や信用格付けの低い社債等への傾斜を強め、元本の毀損を招く可能性を高めます。元本を減らしつつ毎月分配を行うのは実質的に元本から配当することであって、それを収益分配の名のもとに行うことは顧客を騙すようなものです。ものすごい正論ですが、ではどうするべきなのか。森本さんは大胆に次のように指摘しています。
こうして、毎月分配は、顧客の関心を毎月の現金に惹きつけることで、背後の大きな投資リスクを隠蔽し、顧客を誤認させるわけですが、より大きな、また深刻な問題として、高額な販売手数料や信託報酬の存在をも隠蔽してしまうことがあげられます。要は、表層的に顧客の需要に応えることは、顧客本位に著しく反する場合があるのです。
逆にいえば、顧客本位を貫徹することは表層的な顧客の需要に反する場合もあるということです。少し前の金融庁の表現を使えば、「顧客の真のニーズ」は必ずしも「顧客のニーズ」ではないのです。あるいは、別のいい方をすれば、表層的な顧客満足は本質的な顧客本位とは異なるのです。
そもそも、なぜ高齢者に投資信託を販売しなければならないのでしょうか、なぜ預金のままではいけないのでしょうか、預金と投資信託以外に選択肢はないのでしょうか。その理由が金融機関の自己都合な営業政策、もっと露骨にいえば手数料稼ぎ等にすぎないのなら、そのこと自体が根源的に顧客本位に反しているのです。つまり、「顧客の真のニーズ」を実現するためには、単に金融商品の販売に問題を矮小化してはいけないということです。
顧客本位の経営原則は、預金、投資信託、ローン、保険等の全ての領域について、顧客の利益の視点で、顧客の生活にそった最適な提案がなされることを目的としなければなりません。恐らくこのあたりに今後の銀行員が生き残る道があるのではないでしょうか。どれだけAIが発達しても、やはり機械は「生活によりそう」ことができません。なぜなら個人の生活というのは常に特殊個人的領域を抱えていますから、一般化されたデータだけでは完璧に分析できないからです。端的にって「気持ちの問題」が最後まで残ります。そこに対面でなければ実現できない付加価値のヒントがあるような気がします。
いずれにしても日本の銀行と銀行員は、いま生まれれ変わらないと大変なことになるということは確かでしょう。しかし今、「これからの銀行員の仕事とは何か」ということを真剣に考え、実践する金融機関が現れれば、きっと未来が開けると思う。やはりそれは「顧客の真のニーズ」とは何かということを真剣に考えるところから生まれないということだけは確実です。
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