「ひふみ投信」で人気のレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長の新刊『投資レジェンドが教える ヤバい会社』が日経ビジネス人文庫から出ました。旧著『儲かる会社、つぶれる会社の法則』の文庫化ですが、約90ページ加筆・修正されているので、増補改訂版として内容も一新されています。このての本は“トンデモ本”が多いのですが、そこは藤野さんらしく微妙なバランスが取れていて、「ひふみ投信」などで実践している運用哲学の実際が分かる珍本と言えそうです。
本書では、ファンドマネージャーとして30年に渡って企業訪問を繰り返し、6500人以上の社長と会ってきた藤野さんが、そこで発見した投資対象として「良い会社」と「悪い会社」を見極める法則を68個にわたって紹介しています。「社内でスリッパに履き替える会社に投資しても儲からない」とか、「美人「すぎる」受付嬢がいる会社は問題がある」といった指摘は既に有名。とにかく微に入り細に入り観察しているわけで、ときには「これは、うちの会社のことじゃないか」と愕然とすることもあって笑ってしまいます。
ただ、こういった指摘は一種のアノマリーですから、真に受けると本書も一種の“トンデモ本”になってしまう。そのあたりは藤野さんも心得ていて、だから冒頭に次のように読者に注意を喚起していました。
私がご紹介する「法則」は、「ひとつかふたつ会社に当てはめてみれば、たちどころにいい会社と悪い会社がわかる」魔法のルールではない、ということです。では藤野さんはいったい何を見ようとしているのか。それは、細かな事象を観察することで、良い会社かどうかを判断するヒントを見つけようとしている。
会社の本質というものをこの目で見ることはできませんが、可視化された事象をつぶさに確認していけば、そこから優れた企業かどうかを見極めるヒントを得ることができます。「神は細部に宿る」という言葉があるように、会社の本質は社長の話し方、社長室の調度品の選び方や置き方など細かいところによく表れるのです。これは言い換えると、実は藤野さんの中に既に「良い会社」「悪い会社」の選択基準が存在し、その峻別の材料を細部から探すという風にも読めます。例えば、なぜ「スリッパには履き替える会社に投資しても儲からない」のか。実は半導体工場に隣接した本社や食品、医療の研究所ではスリッパに履き替えるが当然です。なぜなら、そこには理由に合理性があるから。つまり、藤野さんがスリッパの法則で問題にしているのは、スリッパの有無ではなく、企業内の行動様式に合理性があるかということです。それは藤野さんの判断基準として、合理的な行動様式をとる会社は「良い会社」であるという基準があるということを意味します。つまり、本書で紹介されている法則は、それ自体に意味があるのではなく、そう発想する基となる藤野さんの「良い会社像」が前提にあるということです。
こういう点が、本書を“トンデモ本”になることから救っている。それどころか藤野さんの運用哲学の実際が分かる本になっています。だから本書で藤野さんが最も書きたかったことは、最後の第5章「会社を見分ける3つの基準」でしょう。3つの基準とは「ナカマ」「オコナイ」「ココロ」という“ナオコの原則”です。「ナカマ」とは、顧客、従業員とその家族、取引先、株主、地域社会といったステークホルダーをどれだけ大切にしているか。「オコナイ」とは、事業活動による社会貢献、事業変革による新たな価値の提供、納税による社会への貢献、地球環境への貢献、共生社会への貢献です。そして「ココロ」とは、企業としての理念浸透、創造性、ガバナンス、財務規律、コンプライアンス、情報公開、チームワークです。
こうしたことを大切にしている企業が、投資に値する「良い会社」ということであり、そういった企業を探して投資するのが藤野さんの運用哲学であるということ。これは極めて「平凡」。場合によっては「きれいごと」として嘲笑される場合もある。しかし、「平凡」で「きれいごと」だからこそ意味がある。現実世界では「平凡」なことを粘り強く実践することは案外と難しいのですから。そして、そういう平凡なことを粘り強く実践してきたという自負が藤野さんにはあるのでしょう。だからこそ本書は、その傍証として68個の法則を実践例として紹介していると読めます。そういったいかにも藤野さんらしい理想主義が、本書を百凡の“トンデモ本”ではなく、運用哲学を具体例から披歴するという、良い意味での珍本にしていると言えそうです。
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