ロイターにBNPパリバ証券の河野龍太郎氏による非常に興味深い論考が掲載されています。現在の日銀による金融緩和とマイナス金利政策は、将来にわたる金融抑圧政策となる可能性があるとのことです。
消費増税先送り後、4つの経済シナリオ=河野龍太郎氏(ロイター)
金融抑圧の可能性というのは、日銀による金融緩和が始まったころから専門家の間で指摘されていたわけですが、マイナス金利の導入と消費税引き上げ延期でその可能性が一段と強まったというのが河野氏の分析です。金融抑圧ということは、インフレになっても低金利が続く異常な世界です。はたして河野氏の予想シナリオが的中するかは分かりませんが、ひとつの可能性として個人投資家も頭に入れておくべきでしょう。金融抑圧を念頭においた資産運用戦略を考えておくことも必要なのかもしれません。
河野氏は政府が公的債務を増税や歳出削減で解決しようとする「リカーディアン」型政策ではなく、中央銀行にリファイナンスさせる「非リカーディアン」型政策を採用した場合、起こりうる長期シナリオとして以下の4つを挙げています。
1)ゼロインフレの下でのマイナス金利によるスローペースな金融抑圧(生起確率39%)ポイントは、いずれのシナリオでも金融抑圧になっているということです。つまり、インフレ率>金利となるということ。普通の状態ならインフレ率が上昇すれば、金利も上昇するのですが、日本の場合は金利が上昇すれば財政破綻します。そこで政府・日銀はインフレになっても金融緩和や低金利政策を継続せざるを得ないというのが河野氏の見立てのようです。
2)4-5%のインフレの下でのモデレートな金融抑圧(生起確率35%)
3)10%のインフレの下での激しい金融抑圧(生起確率25%)
4)2%のインフレの下での金融抑圧(生起確率1%)
こういう可能性があるということは、個人投資家も念頭に置いておく必要があると思う。なぜなら、金融抑圧というのは、投資家が得られるはずの金利収入を政府が奪うことであり、マイナス金利に至っては実質的な資産課税だと解釈できます。すると、インフレ下での金融抑圧というのは、インフレによる実質的な課税(インフレ・タックス)と低金利による実質的な資産課税を二重に被ることになるわけですから、資産運用への打撃は深刻だからです。
金融抑圧が現実となった場合、もっとも打撃を受ける資産カテゴリーは、国債と現預金でしょう。通常の状態なら、インフレになれば国債利回りや預金金利も上昇します。だから、預貯金でもある程度はインフレ対策になるというのは資産運用の常識でした(実際に日本も高度成長期のようなインフレの時代は預金金利も高かったので、意外とインフレ負けしませんでした)。しかし、金融抑圧という非常識な政策が実行されると、資産運用の常識も通用しなくなるかもしれません。
通常、現預金や国債は無リスク資産と考えられます。これはいまでも正しいのですが、さらに考えを進めて、金融抑圧の可能性まで考慮すれば、厳密な意味での無リスクではなくなります。そう考えると、私たちは恐ろしい時代に生きていると戦慄せずにはいられません。まさに無リスク資産というものが厳密には存在しないわけですから。
そうなると、金融抑圧を念頭においた資産運用戦略を考える必要があるのでしょう。それは、徹底した分散投資ということしか思いつきません。つまり、資産を現金だけで保有するのではなく、一部は株式や不動産にも振り分けることです。しかも、株式・不動産は国内だけでなく海外にも振り分けることしかなさそうです(だから河野氏も、実際に金融抑圧が激しくなれば資産家は海外の株式や不動産へ資産をシフトさせると予想しているわけです)。
ただ、間違ってはいけないのは、金融抑圧が怖いからといって株式や不動産に過剰に投資してはいけないということです。それは、現預金以外の資産への集中投資ということになりますから、やはり「分散」という基本原則に反する。なにごとも極端がいちばん危険です。やはり先人の知恵に学ぶべきで、それこそ伝統的な「財産三分法」ぐらいが最強だと思う。
投資は自己責任の原理が貫徹される世界ですから、軽々に人に勧めたりしてはいけない。ただ、資産が現預金100%の人に対しては、「ちょっとぐらい、株式を持つのもいいもんですよ」と言ってあげたいと強く思うようになりました。財産三分法に従って、庶民でも資産の3割程度は国内外の株式で“持っておく”ということは、インフレや金融抑圧に対するリスクヘッジになるからです。それは投資で“儲ける”ためではなく、資産を“守る”ために必要なのです。
【補足】
はたしてインフレになったときに政府・日銀が人為的に金利を抑えることができるのかは議論の分かれるところでしょう。ただ、その意味で気になるニュースもあります。
日本の政府債務残高、実は世界最速ペースで減少-実効ベース(ブルームバーグ)
日銀が国債を買い入れることで政府債務が民間部門から日銀に移行しているわけです。金利が上昇するというのは、国債価格が低下するということです。国債価格が低下するのは、国債の売りが多いからですが、国債の大半を日銀が保有した場合、どんな状態になっても「売らない」ということが可能になるでは。そうなれば国債価格低下(金利上昇)をある程度は抑えることができます。そもそも公的部門の怖いところは、経済合理性に反することでも政治的正当性から簡単に実行できるということ。そう考えると、ますます金融抑圧が実行不可能な政策には思えなくなってきました。
【スポンサードリンク・関連コンテンツ】